大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)6753号 判決 1992年12月21日

原告

井上鈴美

ほか一名

被告

大阪市

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求

被告は、原告らに対し、各金一一九三万五七〇三円及びこれに対する昭和六三年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件道路

被告は、別紙道路の表示記載の道路(以下「本件道路」という。)を管理しており、本件道路には、テラゾブロツクを舗装材として舗装(以下「本件テラゾ舗装」という。)が施されていた。

2  事故の発生

次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六二年一一月二七日午後二時ころ

(二) 場所 大阪市浪速区恵美須東二丁目四番先本件道路上

(三) 態様 井上和子(以下「和子」という。)が、自転車に乗つて通行中、折から降り出した雨により本件道路が濡れていたため、自転車が横滑りをし、態勢を整え転倒を避けようとして左足を路面に付けて踏ん張つたが、左足が滑り、足を取られる形で転倒した。

3  本件道路の設置管理の瑕疵を基礎付ける事情

以下の事情によれば、本件道路の設置管理には瑕疵がある。

(一) 本件道路の利用環境

本件道路は、通天閣のすぐ南にある繁華街に位置し、買物客等が頻繁に通行する場所である。歩行者の他、自転車で通行する者も多い。

(二) 本件道路の設置状況

本件テラゾ舗装に使われたテラゾブロツクは、表面の直径が三〇センチメートルと大きく、表面がツルツルしており、雨に濡れると極めて滑り易くなる材質であつたが、滑り止め加工はなされておらず、また、本件道路上にはアーケードも設置されておらず、本件テラゾ舗装を雨で濡らさないための措置も取られていなかつた。

また、特に滑り易い交差点付近においても、滑り止めを施しておらず、本件道路の清掃についても、路面清掃器具を備えるなどの具体的対策は取られていなかつた。

(三) 本件道路上の転倒事故発生状況

右のため、本件テラゾ舗装が施された後には、雨の日に本件道路で転倒する歩行者、自転車通行車が相次ぐようになつた。特に、雨の降り始めには、道路上の泥と雨水が混ざり合い、最も滑り易くなり、一つ一つのテラゾブロツクの表面積が大きく、滑り止めもないため、一旦滑り出すと、止まらずに転倒に至る事故が頻発した。また、三叉路付近では、自転車転倒事故が頻発した。

本件道路では、一日に何件もの転倒事故が起こつており、本件事故後の昭和六三年二月五日の午後一時から同日午後三時三五分までの間の調査では、三〇件もの転倒事故が起こつており、町内会でも大きな問題となつている。

本件テラゾ舗装後、老人が雨の日には転ぶため、銭湯に行かなくなつたり、水を本件道路上にまいたため滑つた通行人が水をまいた店舗に抗議する等の事件も起こつている。

(四) 被告による本件道路全面改装工事

本件道路には、本件事故後、交差部分に切り込みを入れるという滑り止め工事が被告によつて行われたが、切り込みを入れるという不十分な工事であり、一部しか施行されなかつたこともあつて、その後も転倒事故が続出した。平成三年秋には、雨の日に転倒して大怪我をするという事故が起こり、被告に対して改善が求められた結果、平成四年二月から、ブロツクの中心部を表面荒らし工法で荒らすという方法で全面改装工事が行われた。

(五) 付近の道路の舗装状況

本件道路付近の商店街の舗装状況を調査すると、動物園前一番街では、アーケードを設置した上、一枚のタイルに一五か所の滑り止め加工を施してあり、アーケードの設置されていない通天閣本通では、表面のザラザラした材質のタイルが使用されている。

また、松竹座先道路には滑り止め加工が、戎橋派出所前交差点にはタイル自体が細かく分割されており、道頓堀くいだおれ前道路では、表面がザラザラしたタイルを使用している。

(六) 近隣自治体におけるテラゾブロツク舗装実施状況

尼崎市及び堺市においては、テラゾブロツクによる舗装箇所には、すべてアーケードが施されており、神戸市においても、アーケード等で覆われているか、滑り止め加工が施されている。

以上のとおり、本件道路は、降雨時には転倒事故を引き起こす危険な道路であり、この欠陥は、公衆の生命身体を脅かす重大な瑕疵というべきであつて、被告には、設置管理上の瑕疵があるというべきである。

4  被告の責任

本件事故は、右の瑕疵に基づいて発生した事故であるから、被告には、国家賠償法二条一項により、本件事故に起因した損害を賠償すべき責任がある。

5  和子の受傷及び治療経過

(一) 本件事故により、和子は、左上腕骨頚部骨折及び関節内血腫を伴う左膝打撲の傷害を負い、次のとおり入通院して治療を受けた。

(1) 田中外科病院

昭和六二年一一月二七日から同年一二月一〇日まで入院

同月一七日から昭和六三年一月一一日まで通院(実通院五日)

(2) 大阪市立大学医学部附属病院

同月一六日から同年四月一〇日まで通院

同月一一日から同年五月三一日まで入院

同年六月一日から平成元年九月八日まで通院

(二) 和子は、昭和六三年四月二〇日、左人工上腕骨頭置換術を受け、平成元年九月八日に症状固定に至つたが、左肩関節の運動障害(特に屈曲・伸展運動制限)を残して、左手を水平以上に上げることができず、また、常時左腕が重く、夏期においても保温しないと左肩が痛み、寒くなるとさらに痛みは極度に至り、一日数回のマツサージが欠かせないという状態にあつた。

この後遺障害は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表第八級六号に該当し、和子は、少なくとも労働能力の四五パーセントを喪失するに至つた。

6  損害

(一) 入院治療費

(1) 田中外科病院関係 六万七〇円

(2) 大阪市立大学附属病院関係 一四万四五四〇円

(二) 休業補償等

(1) 休業補償 三二万五〇〇〇円

和子は、本件事故当時、夫の経営する麻雀店の従業員として、一日平均五〇〇〇円程度の収入を得ていたところ、本件事故により、前記のとおり、合計六五日間の入院を余儀なくされ、その間休業した。よつて、これによる損害は、右のとおりである。

(2) 通院中の労働能力制限による損害 五六万六二五〇円

和子は、本件事故当時、前記麻雀店店員として一日当たり八時間就労していたが、前記のとおりの通院中、肩の痛みのため、一日二時間程度しか就労できず、症状固定に至るまでの合計五八七日間にわたり、労働能力は従来の四分の一程度に減少していたから、これによると損害は、右のとおりである。

(三) 逸失利益 一〇四七万六三〇六円

和子は、症状固定後、さらに一三年間にわたり就労可能であり、本件事故に遭わなければ、その間に、一年当たり昭和六二年女子労働者平均賃金である二三七万五〇〇円の収入を得ることができたところ、本件事故により労働能力を四五パーセント失うに至つたから、これによる逸失利益は右のとおりとなる。

(四) 慰謝料

(1) 入通院慰謝料 二五〇万円

(2) 後遺障害慰謝料 六〇四万円

(五) 弁護士費用 一九〇万円

7  相続

和子は、平成四年四月一七日死亡し、同年六月三〇日に和子の相続人全員の間で、和子の子である原告らが、和子の本件事故による損害賠償請求権を、各二分の一の割合で相続する旨の協議が成立した。

8  よつて、原告らは、被告に対し、損害賠償請求として、各金一一九三万五七〇三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年八月六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3(一)  同3の事実のうち、本件道路が通天閣のすぐ南にある繁華街に位置し、買物客等が頻繁に通行する場所であることは認めるが、その余はいずれも知らない。

(二)  原告らが主張している如く、本件道路で転倒事故が頻発しているのであれば、転倒者からの抗議あるいは地元からの何らかの報告があつたはずであるが、本件事故が発生するまでに、被告においては、そのような抗議あるいは報告を受けておらず、地元からの何らの要望もなかつた。

(三)  被告が、本件道路交差部分の本件事故後、切り込みを入れたのは、地元商店会がより一層の安全性を求めて要望したため、一層の安全性を確保するために緊急的処置として試験的に溝を入れることにしたものである。

また、本件道路に被告が行つた全面改装工事は、予想される高齢化社会の到来を考慮し、より一層の安全性を確保できる道路舗装の研究検討の一環として検討中の工法を、たまたま地元からの要望があつたため、今後の道路設計施行に資するために試験的に実施したものであり、本件道路の安全性欠如を自認したものではない。

(四)  動物園前一番街には、地元の要望によりゴム入りテラゾブロツクが使用されているが、同所は歩行者・自転車用道路であり、地元商店会が、費用負担をした上で、より高度の安全性を求めた結果である。通天閣本通は、地元の願出によつて行つた舗装ではなく、被告の費用で行つたため、グレードの落ちる素材を使つた結果、かみあわせブロツクを使つたものであり、これは同所にアーケードがないことの結果ではない。

また、アーケードがあつたとしても、通行人の靴や傘からの雫等によつて、路面は濡れるものであり、アーケードの設置に関係なく、雨の降り始めには、汚れている路面から泥や砂が浮きだして滑り易くなる状態は生じるものである。テラゾブロツク舗装による商店街道路にアーケード設置箇所が多いのは、商店会が雨天時でも傘なしで買物ができるようアーケードを優先して設置しているだけであり、舗装材と関係を持つものではない。

本件テラゾ舗装に使われたテラゾブロツクの直径は、舗装用タイルとしては平均的な大きさであつて、戎橋派出所前交差点のタイルは、デザイン上の観点から小さな舗石でモザイク模様を付けたもので、この場合が特別な場合である。

松竹座先道路は、勾配があるため滑り止めを施しているのであり、くいだおれ前道路については、道路整備後一六年が経過しているため、経年による摩耗で表面が荒くなつているだけである。

4  同4は争う。

本件事故は、和子が、本件道路に入り、自転車を右足で漕ぎ始めると同時に前方の老人に気付き、それを避けようとしたが、自転車が右に滑つて身体が左に傾き、それと同時に左側に自転車が倒れたというものであり、和子は、前方をよく見ておらず、また、自転車の漕ぎ始めという不安定な状態の中、あわてて急ハンドルを切つたため、転倒事故に至つたものであるから、本件事故は、和子自身の過失に基づく事故である。

5  同5及び同6の事実はいずれも知らない。

6  同7の事実は認める。

三  被告の主張

1  次の事情のとおり、本件道路は、場所的環境、利用状況等を考慮すれば、主として歩行者のための道路として、通常有すべき安全性を欠いていない。

(一) 本件道路は、新世界公園本通商店街の街路を形成している、勾配のない平坦な道路であり、自転車及び自動車の通行は午前〇時から午前九時までの間を除き禁止されている、主として歩行者専用の道路である。

(二) 近年、各地商店街では、人が歩くことの楽しみと街路に潤いを持たせるために、街路舗装の美装化が要望されてきている。商店街道路美装化については、道路法二四条により、その請願者が直接工事をすることを承認するという方法も可能ではあるが、被告においては、原則としてこの方法は認めず、請願者からその費用負担の下に、被告が工事を受託してこれを行うこととしている。

大阪市内では、既に五〇を越える商店街において、その要望によりテラゾブロツクによる舗装が実施されているが、被告に対し、これらの商店街から苦情が寄せられたことはなく、商店街におけるテラゾブロツク舗装による道路美装化は、有用であり必要性の高いものとなつている。

(三) 本件テラゾ舗装工事は、本件道路が車両通行規制区域であつたので、地元である新世界公園本通商店街の願出に基づき、同商店会と協議の上、被告が受託し、実施したものである。同工事は、地下埋設工事跡の道路復旧工事と併せて施行したものであつたため、費用の一部を同商店会が負担した。

(四) 本件テラゾ舗装工事に当たつて、被告は、本件道路にアーケードがないことその他テラゾブロツクの材料、交通量、交通規制等、道路の設置条件全般を考慮した上、細かい研磨効果がある仕上げ砥石によつて研磨された通常の大理石テラゾブロツクを使用せず、一般に歩道に使用されているカラー平板と同様に、仕上げ砥石による表面研磨まで行つていないテラゾブロツクを使用した。

(五) 本件テラゾ舗装に関し、新世界公園本通商店会との間で、本件道路の維持管理についての覚書を交わし、同商店会に対し、路面を安全な状態に保つための清掃を義務付けている。

(六) 道路法三〇条に基づく道路構造令には、路面の摩擦係数または滑り抵抗値についての基準は定められておらず、道路構造令を補完する建設省の通達においても道路を舗装する場合のこれらの基準は定められていない。

したがつて、滑りについての安全性については、当該道路の位置、環境、交通状況等を総合して判断する他ないのであるが、舗装材の滑り抵抗値について、被告としては、日本工業規格(JIS)試験方による〇・三程度を一応の安全基準と考える。

本件テラゾ舗装の舗装材であるテラゾブロツクは、右基準に照らし、問題はない。

2  本件事故は、和子が、自転車通行禁止の規制に違反して自転車を乗り入れて惹起したものであるから、原告は、本件道路の瑕疵を主張できる立場にない。

四  原告らの反論

1  被告が一応の基準として主張するJIS試験方については、実際の滑りの状態を正確に測定できないという批判があり、本件事故の場合のような屋外の水に濡れた道路の滑りを測るのに不適切であり、また、同方法による試験結果によつても、被告の主張する基準を下回る結果が出ている。

2  被告は、事実上、本件道路に多くの自転車が乗り入れていることを知つており、このような実態を黙認しつつ、本件テラゾ舗装を実施したのである。

また、被告は、自転車の通行が禁止されていなくても、自動車通行が禁止されていれば、テラゾブロツクによる舗装を行う方針であつた。

したがつて、形式的に、和子が車両規制に反したとしても、本件道路の欠陥を指摘できないことにはならない。

理由

一  請求原因1(本件道路)については当事者間に争いがない。

二  同2(本件事故)について

甲第一、第六〇号証、乙第五号証及び原告和子本人尋問(受継前)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、昭和六二年一一月二七日午後二時前ころ、和子は、商店会の会合に出席するため、自転車を押して自宅を出、本件道路まで自転車を押して行き、本件道路のパチンコ店ニユー三共前の三叉路付近から西方向に向かい、本件道路上を自転車に乗つて走り出した直後、前方から老人が歩いてくるのを認めたため、衝突を避けようとしてハンドルを切つたが、自転車が右に滑つて身体が左に傾いたため、左足を路面に着けたところ、左足も滑つて転倒したこと、当時、雨の降り始めで本件道路の路面は濡れていたこと、転倒した結果、和子は、左上腕骨頚部骨折及び関節内血腫を伴う左膝打撲の傷害を負つたことを認めることができる。

三  次に、本件道路の設置管理に瑕疵があるかについて検討するに、国家賠償法二条の公の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうが、道路法及びそれに基づく政令においては道路の滑り易さについての基準は何ら定められておらず、滑りに関して道路が通常有すべき安全性の程度については、通常の利用者の判断能力、行動能力、当該道路の置かれている環境、予定されている利用形態、実際の交通状況、使用されている舗装材の材質等を総合考慮してこれを画定するしかない。

そこで、検討するに、

1  本件道路が通天閣のすぐ南にある繁華街に位置し、買物客等が頻繁に通行する場所であることは当事者間に争いがなく、これに加え、甲第一、第六、第七ないし第九、第六四及び第六六号証、乙第一、第二及び第五号証、証人立間康裕の証言、原告和子本人尋問(受継前)の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件道路は、浪速区恵美須東二丁目一番地先から同三丁目六番地に至る新世界公園本通商店街と呼ばれる商店街の街路であり、通天閣のすぐ南側をほぼ東西に伸びる道幅八メートル程度の道路を基幹とする延長二三〇メートルの平坦な道路である。本件道路上にはアーケードは設置されておらず、午前九時から午後一二時まで車両の通行が規制され、歩行者専用となつていたが、歩行者専用の時間帯にも相当程度の自転車の通行がある。

(二)  被告は、地元である新世界本通商店会からの商店街発展のためにテラゾ舗装を行いたいとの要望に基づき、昭和六一年七月から同年一〇月にかけ、本件道路に本件テラゾ舗装工事を行つた。被告においては、地元商店会の要望により商店街をカラー舗装する場合は、費用の一部を地元負担とし、被告が工事を受託するという取扱を行つており、本件道路に本件テラゾ舗装を行う際も、費用の一部を新世界本通商店会が負担した。

また、被告は、本件テラゾ舗装を行うに当たり、同商店会との間において、同舗装後の本件道路面を清潔かつ安全に保つための清掃は、同商店会が行う旨の覚書を交わしていた。

なお、被告においては、地元の要望があつても、車両通行規制(特に自動車の通行規制)のなされていない商店街には、テラゾ舗装等のカラー舗装は認めておらず、本件道路は右の車両規制が行われていたため、本件テラゾ舗装が認められたものである。

(三)  テラゾブロツクとは、日本工業規格(JIS)により、材質、形状及び品質等を規定されたコンクリート平板のことであり、コンクリートブロツクの表面層を砕石及びモルタルで固め、表面研磨された舗装材である。表面層に使用される砕石によつて、大理石、じやもん岩を使用した大理石テラゾブロツクと、みかげ石を使用したみかげ石テラゾブロツクに区分され、これを破砕したものとモルタルで固め、表面研磨した舗装材である。

本件テラゾ舗装に使われたテラゾブロツク(以下「本件テラゾブロツク」という。)は、砕石として大理石を使用したアサノピーシー工業株式会社製造の大理石テラゾブロツクであり、通常の大理石テラゾブロツクの場合、粒子の細かい研磨材の含まれる仕上げ砥石を使用して表面研磨が行われるところ、本件テラゾブロツクの場合は、より粒子の荒い中砥石を使用して表面研磨したものである。同社では、歩道用のカラー平板の表面研磨には中砥石を使用しており、本件テラゾブロツクも歩道用のカラー平板と同様の荒磨きと呼ばれる表面研磨状態となつていた。

本件テラゾブロツクは、直径三〇センチメートル程度の花形をしており、本件テラゾ舗装は、同ブロツクを路上に組み合わせて、敷き詰めたものである。

(四)  テラゾブロツクあるいはカラー平板を使用した商店街のカラー舗装は、道路を美装化し、商店街に適した快適な環境を作り、地域商業活動の活性化を図るために、大阪市内においても相当数の商店街で行われており、テラゾブロツクを使用した舗装例でも、数十例に及んでおり、このうちには、アーケード設置がなされていない箇所も数例ある。

しかし、被告には、本件事故までに、カラー舗装を施した商店街について滑り易い等の苦情が寄せられたことはなかつた。

(五)  和子及びその子である原告井上鈴美が調査したところでは、昭和六三年二月五日午後一時から同日午後三時三五分までの間に、本件道路上において、少なくとも一二件程度の自転車の転倒事故があつた。この当時、本件道路の路面は濡れていた。

なお、この調査時において、特に多く歩行者の転倒事故が起こるという状況はなかつた。

(六)  本件道路の一部には、和子や地元商店会からの要望があり、昭和六三年二月から三月にかけて、本件テラゾブロツクの表面に円形の溝を二重に掘るという改良工事が行われた。

また、平成四年春ころ、本件道路全面の本件テラゾブロツクについて、その中心部分を表面荒らし工法等によつて改良し、より滑り難くするための工事が行われた。

2  また、甲第四九ないし第五八号証、乙第四号証及び鑑定の結果を総合すれば、次のとおりと認められる。

(一)  建築材料の滑りに関する専門家であり鑑定人である東京工業大学工学部建築学科教授小野英哲は、滑り抵抗という観点から見た本件テラゾブロツクの道路舗装材料としての安全性について、同教授ら考案のすべり試験機O-Y・PULL SLIP METER (以下「O-Y・PSM」という。)により、テラゾブロツク(本件道路で採取した同ブロツク及び未使用の同ブロツク)を資料として、<1>表面を乾布で拭いた状態(晴天時を想定)、<2>表面に水を散布した状態(相当時間雨が降り続いた状態を想定)及び<3>表面に水とダストを散布した状態(雨の降り始めを想定)について、それぞれ滑り抵抗係数(C・S・R)を求めた上、これを男女が歩行、駆け出し、急停止をした場合の評価尺度(滑り評価尺度)と対比させて、次のとおりの意見を述べている。

(1) 概して<1><2><3>の順に滑り抵抗が大きい。

(2) 概して未使用ブロツクの方が、本件道路で採取したブロツクより滑り抵抗が抵抗が小さい。

(3) 通常の歩行状態であれば滑り抵抗の最も小さい<3>の状態の未使用ブロツクでも安全性の点から大きな問題を生ずることはない。

(4) 激しく停止したり、激しく駆け出したり、姿勢が不安定になつたりする場合には、<2>及び<3>の状態の未使用ブロツクでは、滑る状況も考えられる。

(5) 自転車に乗つた場合についても、(3)及び(4)と同様の傾向があると想定されるが、自転車の場合の評価指標はないので、断定はできない。

(6) 以上から、本件テラゾブロツクは、通常の歩行では、滑り抵抗の不足による不都合はないと考えられるが、施行後初期の表面が荒れない状態でかつ水分やほこりが介在した表面状態で、動作が激しかつたり不安定だつたりした場合は、滑り易いことも有り得るといえる。

(二)  O-Y・PSMによる、滑り抵抗係数(C・S・R)の測定精度は非常に高く、また、滑り抵抗係数(C・S・R)は、実際上の官能検査結果による滑り感覚尺度と非常になめらかで連続した対応関係を有し、実際の滑りの程度を表示する物理量として十分な妥当性を有し、現在において最も信頼できる滑りについての指標といえる。

他方、日本工業規格(JIS)A一四〇七の振子形滑り試験機は、測定精度(試験結果の再現性)につき必ずしも高いものといえないばかりか、人間が感じる滑りを尺度にした滑り感覚尺度との対応関係は、滑り抵抗係数(C・S・R)と較べると余り良いものとはいえず、実際の滑り抵抗を再現しているかどうかの観点において疑問が多いため、同試験機による測定結果から滑りについての安全性を論ずることはできない。

(三)  動作が激しかつたり不安定だつたりした場合には、滑り易いことも有り得るとの、前記鑑定は、野球、サツカー、ラグビー及び硬式テニス等の激しい動きをするスポーツの場合の滑り抵抗係数(C・S・R)の最適値及び許容範囲を基準に検討されているところ、同教授らの研究に基づく、激しい動きをするスポーツ等の場合の、O-Y・PSMによる、滑り抵抗係数(C・S・R)の最適値及び許容範囲は、通常の歩行の場合よりも全体としてより大きな数値となつており、この場合の同係数の最適値を、通常の歩行の場合の許容範囲の上限と比較すると、いくつかのスポーツの場合の最適値は、通常の歩行の場合の急停止や方向転換の動作をする場合の同係数の許容範囲の上限を越えている。

四  以上により、本件道路について、滑り抵抗の点で道路の設置管理に瑕疵があつたかについて検討する。

(一)  本件道路にはアーケードが設置されておらず、アーケードの設置されている街路よりは路面が濡れ易い状況にあるものと考えられ、前記の和子及び原告鈴美の調査結果によりすれば、本件事故当時の路面状態における本件道路は、雨が降つて路面が濡れた状態(特に濡れ始めの状態)において、原告ら調査の結果のように短時間のうちに頻繁に生じていたか否かはともかく、ある程度の数の自転車転倒事故が生じていたものと推認され、その限りにおいて、原告らの本件道路は滑り易いとの主張もあながち首肯できないものではない。

(二)  しかし、鑑定人小野英哲の鑑定の結果によれば、通常の歩行においては本件道路に不都合はないものと考えられ、また、本件テラゾブロツクが、日本工業規格に基づき製造され、歩道用のカラー平板と同様の荒磨きと呼ばれる表面研磨状態とされていたものであることを考えれば、通常の歩行をする限りにおいては、本件道路が滑り易く特に危険であり、通常道路が有すべき安全性を欠いていたものということはできず、このことは、和子及び原告鈴美の本件道路についての調査結果においても、自転車以外の本件道路の通行車(歩行者)の転倒事故が、雨が降り路面が濡れた状態において目立つて発生したものとまではされていないことからも、明らかというべきである。

(三)  そこで、結局のところ、本件道路において滑り易さの点で実際上の問題となるのは、雨が降つた場合において自転車の転倒が目立つということに限局されるものというべきところ、鑑定人小野英哲の鑑定結果によれば、直接的には自転車に乗つた場合について当てはまらないものの、滑り抵抗係数(C・S・R)の点からすると、動作の激しい場合や不安定な場合において、路面が雨に濡れた場合には、本件テラゾ舗装施行後初期の表面が荒れていない状態においては滑り易いことも有り得、自転車の場合も同様の傾向が想定されるとのことであるから、本件道路の表面が荒れていない場合には、雨が降り路面が濡れている状態において、自転車に乗り、急に方向転換するか急に停止した場合等には、同道路はその安全性において問題があると考えられないではない。

しかし、本件事故当時には、既に本件テラゾ舗装が施行されて一年以上経過しており、本件道路の表面が荒れていない状態にあつたものとは考え難いから、本件が右鑑定人の指摘する場合に該当する状態であつたかは不明である。

しかも、この点はさておくとしても、舗装の材質の如何を問わず、乾いた状態の道路よりも、濡れた状態の道路の方が滑り易く、路面にほこりや泥等がある場合にはより滑り易くなることは、通常人が容易に認識し得るものというべきであり、かかる状態で動作の激しい運動や不安定な動作をすれば、より滑り易くなる危険が増大するから、これを避けるべきであるところ、自転車が歩行者の場合よりも運動性が高い反面、安定性において著しく劣ることは、社会通念上明らかというべきである。

そして、本件道路が買物客等の歩行者の通行を主として予定した歩行者専用道路としての性格を持つ繁華街の商店街に位置することに照らし、本件道路の安全性についても、主として歩行者を中心に考えるべきところ、道路の滑り抵抗係数(C・S・R)について、仮に、激しい動作をするスポーツの場合の最適値に当たるようなものを要求するとなれば、かえつて通常の歩行の場合には滑り抵抗が過大となる結果、つまずき易くなる等の障害が生じることも考えられ、同係数を激しい動作や不安定な状態に主眼をおいて設定することにより、通常の歩行者の安全性がおろそかになる結果も有り得ること、テラゾブロツクによる商店街のカラー舗装化は、大阪市内においても、多くの商店会がこれを望み、費用負担の上実施されていることからすると、商店街を美しくし、ひいては商店街の活性化につながるものとして有用性を有し、それ自体の意義を否定することはできないところ、商店街の街路である本件道路における本件テラゾ舗装も、同様の趣旨により行われたものであり、その社会経済的意義は小さくないものというべきであること、本件事故以後は、本件事故の結果の大きさ等から地元商店会も被告に要望を出す等をし、これを受けて、被告も本件道路の改良工事等を行つたものと認められるものの、本件事故以前には、被告に対して、本件道路が滑り易いとの苦情等は一切なく、本件道路の利用者一般も、本件道路について特に滑り易く危険な道路であると考えていたものとは認められないこと等からすると、前記のように限られた条件下の場合について、滑り抵抗係数(C・S・R)の点で想定された許容範囲に多少満たないところが指摘できたとしても、それは社会生活上の一般的危険負担ないし受忍義務の範囲内のものと解すべきであり、これをもつて、直ちに、本件道路について、道路が通常有すべき安全性を欠いていたものと断ずることはできず、本件道路の設置管理に瑕疵があるものとはいえない。

他に、本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたものと認めるに足りる証拠はなく、結局、本件道路の設置管理に瑕疵があつたものと認めることはできない。

五  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告に対する本訴請求は明らかに理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 大沼洋一 小海隆則)

道路の表示

大阪市浪速区恵美須東二丁目所在の別紙図面斜線部分

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例